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2024-02-12

「もっともっと暗い日々」(1)

2024年の幕開けは日本では元旦の16時10分にマグニチュード7.6の「令和6年能登半島地震」が起こり、中東のパレスチナ・ガザ地区では2023年10月7日から続いているイスラエルによる爆撃が新年早朝に行われました。かたや自然災害、かたや人間による無辜の民の殺戮です。

ガザにおけるイスラエル戦争が起こったのが、ちょうど1884(明治17)年に出版されたアンドリュー・ラングのパロディ小説『もっと暗い日々』(Much Darker Days)を紹介しようとしていた時でした。彼がパロディの対象にしたのは、同年に出版された若い人気作家による恋愛ミステリー小説『暗い日々』(Dark Days)です。この作品の大英帝国讃歌をラングは皮肉り、世界に冠たる文明国の奴隷制度や、差別を娯楽と商売にするイギリス中流階級を辛辣に描いています。2023年のイスラエル戦争でも19世紀のレトリック「文明」対「野蛮」をイスラエルの首相が多用していますので、21世紀型「文明」がどんなものかを探ってから、ラングのパロディを紹介したいと思います。21世紀の「文明」対「野蛮」の戦争の方がずっと恐ろしいという意味で、ラングの題名をもじって、21世紀は「もっともっと暗い日々」だとします。

ハマスの攻撃はイスラエルのパールハーバー:日本は敗北し、占領され、民主化された

 これは10月7日のハマスの攻撃に関する報道の見出しです。『ボストン・グローブ』というボストン市の二大新聞の一つに、10月10日に掲載された記事ですが、パレスチナ人の視点は一切ありません(注1)。この他にもイスラエルにとっての「パールハーバー」あるいは「9/11」という見出しはかなりあります。

10月8日の『ニューヨーク・タイムズ』の投書欄にサンフランシスコの購読者による「イスラエルとハマスの戦争:『パールハーバー、または9/11の瞬間』」(注2)という投稿が掲載されました。「今年の10月7日はイスラエルにとって『不名誉な日』(day of infamy)となった。ハマスのテロリストによるユダヤ人国家の侵略—ヨム・キプール戦争(Yom Kippur War)[第4次中東戦争、1973年10月6日-1979年]」の衝撃的な始まり(traumatic start)から50年と1日—はイスラエルのパールハーバー、または9/11だ」。”Day of Infamy”という語は真珠湾攻撃について、ルーズベルト大統領が言った言葉として、欧米では今でも記憶されています。

インド最大の英字新聞『ヒンドゥスタン・タイムズ』も「パールハーバーからバラコット、ガザ地区まで」(11月10日、(注3))を掲載しています。ただ、この記事の特色は、欧米に見られない視点です。

日本の真珠湾攻撃のショックは「不名誉な日のスピーチ」と、アメリカの宣戦布告になったが、怒りがあまりに強く、同盟国はアメリカの正式の宣戦布告を待たずに宣戦布告した。しかし、報復の正当な観念は日本の市民に対して原爆を2つ落とす正当化になったか。Noだ。(中略)同情心の完全な欠如、釣り合い、そして報復の誤った方向が広島と長崎におけるアメリカの行動に結びついた。

これはアメリカ・メディアには言いにくいというより、見えない視点でしょう。原爆投下の正当化という点では、2023年4月にアメリカから、パールハーバーと広島平和記念公園をシスターパーク(姉妹公園)にしたいと強引な申し入れがあり、広島市が市民の反対を押し切ってアメリカの言いなりになった経緯が朝日新聞の「情報公開請求でわかった」と報道されています。広島市の9月議会で「協定は原爆投下や核抑止論を肯定するのでは」という質問に対し、市の局長が「原爆投下に関わる米国の責任の議論を現時点では棚上げする」と答弁した(注4)というのですから、原爆投下の正当化を広島市が同意したに等しいようです。現在のパールハーバーが太平洋戦争をテーマパーク化し娯楽化していて、広島平和記念公園の趣旨とは正反対だという指摘もあります(注5)

イスラエル防衛相がガザで核兵器使用の選択肢もあると発言したことが批判され、ネタニヤフ首相は大臣を停職処分にし、アメリカ国務省はこの発言は容認できないと言ったと報道されています(注6)。これがリップサービスにすぎないと思えるのは、イスラエルがアメリカ製の「非人道的兵器」とみなされている白リン弾を使ったことがパレスチナのジャーナリストの指摘にも、『ワシントン・ポスト』の指摘にもありますから(注7)、核兵器を使う可能性もゼロではないと思えてきます。核兵器使用の可能性について、「ベイルートのアメリカ大学で公共政策の上級フェローであり、ベテランのパレスチナ系アメリカ人ジャーナリストのRami Khouriが2023年12月27日に次のように言っています。

アメリカとイスラエルはやろうと思えば、核兵器を使って中東全体、アラブ全域を消滅させることができる。そうしても解決にはならない。(中略)世界で最も強い軍、イスラエルとアメリカ、そして多くの支援国が一緒になって、2ヶ月半の野蛮な攻撃(barbaric attacks)をしても基本的なゴールを達成できていない。これはすごいことだ。彼ら[イスラエルとアメリカ]が勝っていない理由の一つは、イランに近いアラブのグループが「レジスタンスの枢軸」(axis of resistance)と呼ばれることに協力して働いているからだ(注8)

ネタニヤフは停戦の呼びかけに、9/11と真珠湾に対するアメリカの返答を引用して拒否した

 この見出しはアメリカの右派メディアの2023年10月30日の記事の見出しの一部です。全体は「『戦争の時だ』:ネタニヤフは停戦の呼びかけに対し、9/11と真珠湾についてのアメリカの返答を引用して拒否した」(注9)です。10月27日に国連総会で人道的休戦を求める決議案を採択したことに対するイスラエルの回答です。この決議案に反対したのはイスラエルとアメリカなど14カ国、日本は棄権というアメリカを恐れた結論を出したようです(注10)。『ニューヨーク・タイムズ』は以下のように伝えています。

10月30日夕方、ベンジャミン・ネタニヤフ首相はめったにしない記者会見で、挑戦的な調子でガザの停戦を無視し、彼の辞任を求める声を却下し、イスラエルが市民の家を攻撃しているという批判を否定した。(中略)イスラエルは攻撃の停止に賛成しない、なぜなら、ガザを支配しているハマスを強めるからだと言った。「真珠湾の爆撃の後、あるいは9/11のテロリストの攻撃の後にアメリカが停戦に同意しないのと同じく、イスラエルは同意しない」(中略)
また、ハマスの犯罪に対し、イスラエルは200万人以上のガザ市民を集団処罰しているという非難を彼は却下した。イスラエルは電気を停止し、燃料と食料と水のほとんどをガザに供給せず、ガザの保健省によると、空爆で3000人以上の子どもを殺した。

10月29日にアントニオ・グテーレス国連総長はガザで殺された市民の数は「全く受け入れられない」「当事者全員は国際人道法のもとに自分たちの義務を尊重しなければならない」と言った(注11)

「パールハーバーの後に起こったことが固定観念と陰謀論の危険性に対する注意喚起になる」

 イスラエルの攻撃が始まってから2か月後に雑誌『タイム』に掲載された長い論文は、ほぼ全部20世紀初頭からのアメリカの反日感情と反日に関する出来事の記録です。ガザでのイスラエル軍の残虐な攻撃が2カ月続いた後に、オハイオ州立大学の国家安全保障研究学部長クリストファー・マックナイト・ニコルズ(Christopher McKnight Nichols)が、なぜアメリカの反日感情の歴史をこの時期に伝えたかったのか等を検討したいと思います。

 2カ月経過した時点で、世界保健機関(WHO)の広報官が「イスラエルの作戦が始まって2ヶ月、ハマスに対する自衛だけでなく、ガザの全人口に対する戦闘です」とイスラエル政府に対する批判と受け取れる発言をしたことを、アメリカ国営放送Voice of Americaが「WHO:ガザは食料、水、『生存に必要なもの全て』を断たれている」という見出し記事で伝えています(注12)。どのメディアが何を伝えたかが重要なので、わかる限り紹介します。

12月8日には国連安全保障理事会で即時の人道的停戦を求める決議案を採決し、日本を含む13カ国が賛同しましたが、米国が拒否権を行使したために採択されませんでした。10月7日以降、停戦・休戦を求める決議案が5回出されましたが、いずれも否決されました。アメリカのイスラエル攻撃擁護の拒否権行使が続き、国連は機能不全に陥っていますが、グテーレス国連事務総長は10月7日以降一貫して停戦を訴え続け、「安全保障理事会の注意を促すことができる」国連憲章99条を52年ぶりに発動した結果の緊急会議でした(注13)

根深く浸透した陰謀論と外人嫌いが危機の時には悲惨な過剰反応を駆り立てる

 これが雑誌『タイム』に掲載された「パールハーバーの後に起こったことが固定観念と陰謀論の危険性に対する注意喚起になる」(What Happened After Pearl Harbor Is a Reminder of the Danger of Stereotypes and Conspiracy Theories, (注14))と題した論文の結論です。この結論は日本人には関東大震災直後の市民による朝鮮半島出身者の大量虐殺事件を思い出させるでしょう。マックナイト・ニコルズは「ハマスによるイスラエルに対するテロ攻撃から2ヶ月、アメリカは反ユダヤ主義(antisemitic)、反パレスチナ、イスラム恐怖症の勃発を目の当たりにしている」と論文を始めて、アメリカの反日感情と日本に関する陰謀論の系譜を解説しています。

 「固定観念と陰謀論、反ユダヤ主義(antisemitic)、反パレスチナ、イスラム恐怖症」という時、具体的に何を指しているか例を挙げていないので、2カ月間にニュースになったことを探ってみました。ネタニヤフ首相を始めとするイスラエル政府首脳たちのレトリックが強烈です。10月18日付でホワイトハウスのホームページに掲載されている「バイデン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相の二国間会合前のスピーチ」(注15)と題された文章でネタニヤフ首相がアメリカの多大な戦争支援に感謝した上で以下のように言っています。

大統領、あなたは文明の力と野蛮の力の間に正しく明確な一線を画しました。ハマスがしたことをあなたは「全くの悪」(sheer evil)とおっしゃいました。まさにその通りです。

ハマスは子どもたちを両親の目の前で、両親を子供達の目の前で殺しました。人々を生きながら焼き殺しました。女性をレイプし殺しました。兵士たちを斬首しました。奴らは両親が子供達を隠した秘密の場所を探して、大統領、想像してみてください。怪物たちが発見した時の小さな子供達の最後の瞬間の恐怖とパニックを。ハマスは女性と子ども、老人たち、ホロコーストの生存者を誘拐しました。(中略)

大統領、あなたはハマスがISISより酷いと正しいことをおっしゃいました。ドイツ首相は昨日ここにいらして、ハマスは新たなナチだとおっしゃいました。お二人とも正しいです。文明世界が共同でナチとISISを負かしたように、文明世界は協力してハマスを敗北させなければなりません。(中略)文明の力が我々のため、あなた方のため、我が地域と世界の平和と安全のために勝ちます。

グテーレス国連事務総長:ハマスの攻撃は56年間の長い占領と紛争の中で起こったこと

 ホワイトハウスがホームページに掲載した10月18日のネタニヤフ首相のスピーチの1週間前に、国連事務総長アントニオ・グテーレス(Antonio Guterres: 1949-)が記者会見で以下のスピーチをしました。その本質をついた内容にイスラエルは激怒して、グテーレスの辞任を求めました。以下がその一部です。

2023年10月9日:「事務総長の中東の状況に関する記者会見」(注16)

イスラエルに、軍事作戦では国際人道法を遵守するよう要請します。市民はいかなる場合にも尊重・保護されなければなりません。市民のインフラ施設は攻撃対象にすべきではない。イスラエルのミサイルがガザ内部の医療施設、住居用タワー、モスクを攻撃したという報道があります。避難民のシェルターだった国連の学校も攻撃されました。13万7000人が学校をシェルターにしています。攻撃が激しくなれば、避難民の数も増えます。

 今日イスラエルがガザ地区の完全包囲と電気・食料・燃料を認めないという発表したことに非常に苦しんでいます。この攻撃の前からガザの人道的状況は極端に切迫していました。

この直近の暴力は何もない状況から急に起こったわけではありません(This most recent violence does not come in a vacuum)。これは56年の長い占領と政治的決着点が見えない長期間の紛争の中で大きくなった現実です。この流血と憎しみと分裂の悪循環を終わらせる時です。

 この発言を受けて、イスラエルの新聞は「イスラエルは国連トップがハマスの攻撃は『何もない状況から急に起こったわけではない』と発言した後、彼の辞任を要求」という見出しで、ハマスの攻撃の動機が「ユダヤ人国家がパレスチナ領を支配し続けたからだと示唆したように見えたと、激しく非難した。イスラエルの外務大臣はX[旧ツイッター]に投稿し『公平なアプローチなどない。ハマスは地上から消し去らなければならない』と書いた」(注17)

 外務大臣の言葉通り、現在に至るまでハマスだけでなく、ガザの市民、特に子どもたちを「地上から消し去る」ことがイスラエル軍の主目的のように、殺戮が続けられています。11月6日に、グテーレス事務総長はガザは「子どもたちの墓場」になりつつあると、即時停戦を求めましたが(注18)、イスラエルは2024年元旦に殺戮を2024年を通して続けると言いました(注19)

 ネタニヤフ首相のパレスチナ人に対する侮蔑的表現は公のスピーチで「野蛮」「怪物」ですが、防衛大臣は10月9日に「ガザ地区の完全包囲を命令した。電気も食糧も燃料も全て封鎖している。我々は”human animals”と戦っているので、そのように行動する」(注20)と言いました。これがネタニヤフの誇る「イスラエルと西欧の文明」です。

グテーレス国連事務総長が「この攻撃の前からガザの人道的状況は極端に切迫していました」と言ったことを、2024年元旦の『ニューヨークタイムズ』の記事「ガザ市民の半分は飢餓の危険があると国連が警告」(注20)で解説しています。

 ガザは戦争前から長年危機的状況にあったために、この戦争で非常に速く人道的大惨事に螺旋階段を転がり落ちるように落ちてしまった。ハマスが2007年に権力を握ってから、イスラエルとエジプトが封鎖を課して、ガザの外界との経済活動を阻止した。国連によると、この封鎖で、戦争前でもガザの人口の80%が人道支援に頼らなければ生きていけない状態にしていた。

「パレスチナ人の子供とイスラエル人の子供の叫び声は私には同じに聞こえる」

 ホワイトハウスのホームページに掲載されたネタニヤフ首相のスピーチに、ハマスが子どもたちを残虐に殺したと生々しく描写されていますが、イスラエル軍によるガザ市民殺害の数は11月初旬で1万人を超し、そのうち子どもは4000人超だとされています。クエートのメディア、『アル・ジャジーラ』によると、2024年1月4日までの死者数は22,438人、負傷者数57,614人、死者・負傷者のほとんどは女性と子ども、他に7,000人が爆撃された建物の瓦礫の下にいると考えられる行方不明者です(注21)

 「ガザは子どもの墓場」とグテーレス国連事務総長が停戦を訴えた翌日11月7日に、米国下院議会は、唯一のパレスチナ系アメリカ人議員ラシダ・トライブ(Rashida Tlaib)がイスラエルを批判し、パレスチナの自由と平等を求めるスローガン「川から海へ」(from the river to the sea)を擁護した理由で、234対188で公式に彼女を非難しました。彼女の議会でのスピーチの一部を抄訳します。

 私に理解できないのは、なぜあなた方にはパレスチナ人の叫びが違って聞こえるかです。パレスチナ人の子どもとイスラエル人の子どもの叫び声は私には同じに聞こえます。イスラエル政府を批判するのは反ユダヤ主義(antisemitic)だという考えは非常に危険な先例を作ってしまいます。我が国で人権を訴える様々な声を黙らせることに使われています。(中略)私たちは皆さんと同じ人間です。パレスチナ人も自由と人間的尊厳を持って人生を生きたいのです。信条や民族にかかわらず、命を助けるために声をあげることが論争になることは本議会ではすべきではありません。(中略)町では多くのユダヤ系アメリカ人が「私たちの名の元にしないで」と立ち上がって訴えているのはありがたいです。(中略)ミシガン州民主党員の71%が停戦を支持しています。ですからあなた方が私を非難しても、彼らの声を消すことはできません。皆さんにも、アメリカの多数の国民と一緒に、できるだけ多くの命を助けるために停戦を支持するようお願いします。(注22)

「赤ん坊を殺す」のを止めろ

 11月14日には、カナダの首相ジャスティン・トルドーがイスラエルに「赤ん坊を殺す」のをやめるよう訴えました。「世界はテレビで、SNSで見ている。我々は医師、家族、生存者、両親を亡くした子どもたちから証言を聞いている。世界は女性、子ども、赤ん坊をこのように殺すのを見ている」とブリティッシュ・コロンビアで記者会見をして言いました。翌日ネタニヤフ首相はXでトルドー首相宛に以下のように書きました(注23)

市民を意図的に狙っているのはイスラエルではなく、ハマスだ。ホロコースト以来初めて、ユダヤ人に対して犯される最悪の恐怖の方法で市民を斬首し、焼き殺し、虐殺したのはハマスだ。文明国の軍隊はイスラエルがハマスの野蛮性を打ち負かす支援をしなければならない。

デマを作り上げるネタニヤフ首相と拡散するバイデン大統領

 イギリスの調査報道メディアDeclassified UK(機密解除されたイギリス)による「『斬首された赤ん坊たち』:イギリス・メディアはいかにイスラエルのフェイク・ニュースを事実として報道したか」((注24), 2024年1月4日)でハマスがいかに残虐かを印象付ける虚偽報道をイスラエル軍と政府が流し続けたか、そしてその虚偽報道を流し続けたイギリス・メディアを例に検証しています。バイデン大統領はそのフェイク・ニュースの積極的な伝道者の役割を演じ続けました。日本も関東大震災で権力側によるフェイク・ニュースを市民が信じて広め、朝鮮半島の人々を大量虐殺した過去を持つので、二度と繰り返さない教訓として学ぶ必要があると思います。この調査報道に加えて、『ワシントン・ポスト』、フランス・メディアの報道なども参考にして、時系列で引用します。

10月10日:

イスラエルのメディアが「40人の赤ん坊と子どもたちが斬首されたと兵士が確認した」というニュースを報道し、同日イスラエル国防軍の広報官がそれを繰り返した。

  • バイデンがイスラエル支援のスピーチを準備中、赤ん坊斬首のニュースは根拠がないから削除するようスタッフが提言したが、バイデンは拒否した(注25)

10月10日夜:

イギリス『スカイ・ニュース』はイスラエル軍にこの報道の確認の質問をしたが3度とも不成功。

10月11日:

ネタニヤフ首相報道官は乳児や幼児が「頭部が切断された」状態で見つかったと発表。「赤ん坊が怪物ハマスによって殺され、焼かれた恐ろしい写真」を公開した。

  • イスラエル政府は裏付けが取れなかった。これは首相官邸による公表に反する(注26)
  • 米大統領もホワイトハウスで、「テロリストが子どもの首をはねる写真を確認するようになるとは思いもしなかった」と述べ、その情報を確認するかのような発言をした(注27)
  • ハマスが「西側メディアが流す虚偽報道、パレスチナの自由の戦士(freedom fighters)が子供を殺すとか、市民を標的にしているとかいう虚偽報道を強く否定する」と声明を出した。
  • ほとんどの主要イギリス・メディアが斬首を事実として一面に掲載。
  • ネタニヤフ首相広報官が同じ情報をアメリカ・メディアCNNに繰り返した。

10月12日:

「イスラエルのネタニヤフ首相は12日に訪問中のアメリカ国務長官アントニー・ブリンケンに、週末にハマスがイスラエルで殺した赤ん坊の恐ろしい写真を見せた。この写真は首相オフィスのX旧ツイッターに挙げられた。1枚は遺体バッグの中の赤ん坊の写真で、もう1枚は別の赤ん坊の焦げた遺体だった」(注28)

11月15日:

バイデン大統領がホワイトハウスの記者会見で「ハマスは再びイスラエルを攻撃すると言いました。以前彼らが赤ん坊の頭を切り落とし、燃やしたところ、女性と子どもたちを焼き殺したところで」(ホワイトハウス、(注29))。この発言について、『ワシントン・ポスト』は検証記事「バイデンが再びハマスが赤ん坊を斬首したと言った。新たな証拠が出てきたのか?」(注30)で、以下のように指摘しています。

 イスラエル・メディアの最初のニュース[40人の赤ん坊が斬首された]はSNSで1日で4400万回アクセスされ、30万回「いいね」、10万回リツイートされた。

 ハマスは規律のある武装グループなので、本当に斬首をしたのなら、新たなテロ作戦だろう。専門家はハマスが斬首したことはなく、ハマスらしくないと言う。ハマスの攻撃から2ヶ月経っても斬首について証拠はない。国のリーダーが赤ん坊の斬首という時、注意が必要だ。

パレスチナ自治政府の報告を信じないアメリカ大統領

 バイデン大統領が側近の注意を聞き入れずにフェイク・ニュースを延々と繰り返すのは、単に高齢のせいなのでしょうか。パレスチナ人、アラブ系、イスラム系などに対する偏見に左右されているように思えます。だから事実を認めたくないという意味で、ガザ市民の死者数が増加し続けるのを「信ぴょう性に『確信は持てない』と言いました(10月29日、(注31))。10月27日パレスチナ自治政府保健省の発表によると、7日以降、「イスラエル軍によるガザへの攻撃で死亡した住民らは7日以降で7300人以上」(注32)とされています。

この時から2ヶ月たった2024年1月7日の『アルジャジーラ』の報道は以下です。

ガザの公式の死者数は22,800人以上、そのうち9,600人の子どもが殺された。実際の数はずっと多いと信じられている。なぜなら、当局は昨年11月以降、保健システムの崩壊で被害者数を定期的に更新できていないからだ。この他、8,000人程度が瓦礫の下に埋まっていて行方不明である。(注33)

 ハマス自治政府保健省の発表する数が過小見積もりされていると指摘するのは、長年消費者問題活動家、4回の大統領候補、雑誌『タイム』と『ライフ』に20世紀の最も影響力のあるアメリカ人100人に選ばれたラルフ・ネーダー(Ralph Nader: 1934-)です。ハマス自治政府は「名前がわかっている人の数しか数えていない」(注34)から、公表されている死者数よりずっと多い筈だと言います。さらにイギリスの新聞『ガーディアン』に掲載されたエジンバラ大学グローバル公衆衛生学部長の投稿記事を長々と引用しているので、その記事にアクセスしました。主要点を以下に抄訳要約します。

    世界の紛争の中で、殺された子どもの数ではガザが突出して多い。11月1日に160人の子どもが殺された。最近のシリアの紛争では1日に3人、アフガニスタンでは日に2人、ウクライナでは1日に0.7人。

  • 水も食料も薬もトイレも医療器具を持つ訓練された医療スタッフもいない場所がイスラエル政府が言う「安全な避難場所」だ。
  • WHO広報官によると、11月初旬にガザの難民キャンプ的な場所で、子どもたちの間の下痢が通常レベルの100倍多かった。下痢を伴う病気は子どもの死因の2番目で、汚染された水と経口の水分補給不足から起こる。上気道感染、水疱瘡、痛みを伴う皮膚病も増えている。最近の洪水により、コレラが発生する恐れがある。
  • *国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、85%のガザ市民が家を失った。難民の間の粗死亡率(1,000人あたりの死亡者数)は紛争が始まった時より60倍以上高い。2024年に紛争と強制移動が現在の厳しさのまま続けば、死亡率は229.2に達する。
    1年以内にガザの200万人の人口の1/4、つまり50万人が死ぬ。これは多くは予防可能な病気と医療システム崩壊のせい。(中略)専門家がこれがジェノサイドか否かを議論している間に、爆弾であろうと、銃弾であろうと、飢餓であろうと、病気であろうと、人口の大量殺害を私たちは目撃しているのです。(注35)

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1 “Hamas’s attack is Israel’s Pearl Harbor: Japan was defeated, occupied, and democratized”, The Boston Globe, October 10, 2023
https://www.bostonglobe.com/2023/10/10/opinion/hamas-attack-israel-pearl-harbor/
2 “Israel and Hamas at war: A ‘Pearl Harbor or 9/11 Moment’”, The New York Times, Oct.8, 2023
https://www.nytimes.com/2023/10/08/opinion/letters/israel-palestinian-hamas.html
3 “Shades of revenge from Pearl Harbor, Balakot to Gaza Strip”, Hindustan Times, Nov. 10, 2023
https://www.hindustantimes.com/ht-insight/international-affairs/shades-of-revenge-from-pearl-harbour-balakot-to-gaza-strip-101699609918119.html
4 魚住あかり、柳川迅「米国側『姉妹公演協定、G7中に締結を』広島市の開示文書で判明」『朝日新聞DIGITAL』2023年12月8日
https://digital.asahi.com/articles/ASRD76SYVRD5PITB007.html
5 「広島とパールハーバー『姉妹公園協定』の甘い罠【The Burning Issues Vol. 39】」デモクラシータイムス、2023年8月15日
https://www.youtube.com/watch?v=0y1J0SWFFj0
6 Dan Williams「イスラエル閣僚、ガザへの核使用『選択肢』発言が波紋 停職処分に」Reuters, 2023年11月6日
https://jp.reuters.com/world/us/IJOQCLLVTRI75JONNJ5L52N6H4-2023-11-06/
*「イスラエル閣僚のガザ核攻撃『選択肢』発言、容認できず=米国務省」Reuters, 2023年11月6日
https://jp.reuters.com/world/security/YYNDAWGMW5MHDO4KA27WTRHL34-2023-11-06/
7 “A Grim Milestone: Journalist Death Toll Tops 53 as Israel Kills More Reporters in Gaza and Lebanon”( イスラエルはガザとレバノンで多くのジャーナリストを殺している、死亡者53人), Democracy Now!, November 21, 2023[この中で、殺された27歳のジャーナリストが最後のレポートで「今日、占領軍はリン爆弾[白リン弾]を落とし」たと語っています
https://www.democracynow.org/2023/11/21/gaza_israel_committee_to_protect_journalists
*「イスラエル軍が『非人道的兵器』使用、市民9人負傷…米軍が提供か」『読売新聞』2023/12/12
https://www.yomiuri.co.jp/world/20231212-OYT1T50117/
8 “Axis of Resistance”: Hamas, Hezbollah, Houthis Challenge U.S. & Israeli Power Amid Middle East”, Democracy Now!, December 27, 2023
https://www.democracynow.org/2023/12/27/arab_us_relations
9 David Zimmermann “’A Time for War’: Netanyahu Rejects Calls for Ceasefire, Citing U.S. Response to 9/11, Pearl Harbor”, National Review, Oct. 30, 2023
https://www.nationalreview.com/news/a-time-for-war-netanyahu-rejects-calls-for-ceasefire-citing-u-s-response-to-9-11-pearl-harbor/
10 「国連総会、ガザ『人道休戦』の決議採択 日英など棄権」『日本経済新聞』2023年10月28日 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN27DRD0X21C23A0000000/
11 Patrick Kingsley, “Netanyahu Rejects Calls for a Cease-fire—and for His Resignation”, The New York Times, Oct. 30, 2023
https://www.nytimes.com/2023/10/30/world/middleeast/netanyahu-israel-hamas-cease-fire.html
12 Lisa Schlein, “WHO: Gaza Cut Off From Food, Water, ‘Anything Which Is Necessary for Any Sort of Life’”, VOA(Voice of America) News, Dec. 08, 2023
https://www.voanews.com/a/who-gaza-cut-off-from-food-water-anything-which-is-necessary-for-any-sort-of-life-/7390360.html
13 中井大介「ガザで人道的停戦求める決議案、米国が拒否 国連安保理、合意できず」『朝日新聞DIGITAL』2023年12月9日
https://digital.asahi.com/articles/ASRD92TJZRD9UHBI008.html
14 Christopher McKnight Nichols, et al, “What Happened After Pearl Harbor Is a Reminder of the Danger of Stereotypes and Conspiracy Theories”, Time, December 7, 2023
https://time.com/6343399/pearl-harbor-conspiracies-crises/
15 “Remarks by President Biden and Prime Minister Netanyahu of Israel Before Bilateral Meeting| Tel Aviv, Israel”, The White House, October 18, 2023
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/10/18/remarks-by-president-biden-and-prime-minister-netanyahu-of-israel-before-bilateral-meeting-tel-aviv-israel/
16 “Secretary General’s remarks to the press on the situation in the Middle East”, United Nations, 09 October 2023
https://www.un.org/sg/en/content/sg/speeches/2023-10-09/secretary-generals-remarks-the-press-the-situation-the-middle-east
17 “Israel demands UN chief resign after he says Hamas attacks ‘did not occur in vacuum’”, The Times of Israel, 24 October 2023
https://www.timesofisrael.com/israel-livid-after-un-chief-says-hamas-attacks-did-not-occur-in-vacuum/
18 「ガザは『子ども達の墓場』に 国連総長、即時停戦を」AFPBBニュース、2023年11月7日
https://www.afpbb.com/articles/-/3489954
19 「イスラエル軍、ガザでの戦闘『2024年中続く』一部兵士撤収も」CNN, 2024.01.02
https://www.cnn.co.jp/world/35213392.html
20 Liam Stack, et al., “Half of Gazans Are At Risk of Starving, UN Warns”, The New York Times, Jan. 1, 2024
https://www.nytimes.com/2024/01/01/world/middleeast/gaza-israel-hunger.html
21 “Palestinian death toll rises to 22,438”, Al Jazeera, 4 Jan. 2024
https://www.aljazeera.com/news/liveblog/2024/1/4/israel-hamas-war-live-bloody-day-for-hezbollah-tensions-with-israel-soar
22 “I Will Not Be Silenced”: Rep. Rashida Tlaib Calls for Gaza Ceasefire as House Votes to Censure Her”, Democracy Now!, November 08, 2023
https://www.democracynow.org/2023/11/8/house_censures_rashida_tlaib_on_israel
23 “Canada’s Justin Trudeau tells Israel to end ‘killing of babies’”, Al Jazeera, 15 Nov. 2023
https://www.aljazeera.com/news/2023/11/15/netanyahu-blasts-trudeau-after-he-says-israels-killing-of-babies-must-end
24 Hamza Ali Sham “’Beheaded Babies’—How UK Media Reported Israel’s Fake News as Fact”, Declassified UK, 4 January 2024
https://www.declassifieduk.org/beheaded-babies-how-uk-media-reported-israels-fake-news-as-fact/
25 Yasmeen Abutaleb & John Hudson “White House grapples with internal divisions on Israel-Gaza”, The Washington Post, Nov. 26, 2023
https://www.washingtonpost.com/politics/2023/11/26/biden-white-house-divisions-israel-gaza/
26 Matthew Chance, et al., “Israeli official says government cannot confirm babies were beheaded in Hamas attack”, CNN, October 12, 2023
https://edition.cnn.com/2023/10/12/middleeast/israel-hamas-beheading-claims-intl/index.html
27 「ハマスによる乳児の斬首、イスラエル政府は未確認と当局者 首相府の発表と矛盾」CNN, 2023.10.13  https://www.cnn.co.jp/world/35210263.html
28 “Netanyahu shows Blinken horrific pictures of infant victims: PM office”, AFP, France 24, 12/10/2023
https://www.france24.com/en/live-news/20231012-netanyahu-shows-blinken-horrific-pictures-of-infant-victims-pm-office
29 “Remarks by President Biden in a Press Conference”, The White House, Nov. 16, 2023
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/11/16/remarks-by-president-biden-in-a-press-conference-woodside-ca/
30 Glenn Kessler “Biden yet again says Hamas beheaded babies. Has new evidence emerged?” The Washington Post, November 22, 2023
https://www.washingtonpost.com/politics/2023/11/22/biden-yet-again-says-hamas-beheaded-babies-has-new-evidence-emerged/
31 「バイデン氏、ガザ死者数の正確さを『疑問視』パレスチナ反発」CNN, 2023.10.29
https://www.cnn.co.jp/usa/35210868.html
32 「米国務省職員が退職表明、イスラエルとハマスの衝突に対する米政権の対応に抗議」CNN, 2023.10.20 https://www.cnn.co.jp/usa/35210517.html
33 “Israel war on Gaza”, Al Jazeera, 7 Jan. 2024
https://www.aljazeera.com/news/liveblog/2024/1/7/israel-war-on-gaza-live-signs-of-starvation-everywhere-in-southern-gaza
34 “Ralph Nader on Gaza Ceasefire & Why Suppression of Palestine Advocacy Is the Real Problem on Campus”[ラルフ・ネーダー:ガザ停戦について、パレスチナ擁護の抑圧がなぜキャンパスの本当の問題なのか], Democracy Now!, Jan. 05, 2024
https://www.democracynow.org/2024/1/5/ralph_nader_on_stopping_gaza_war
35 Devi Sridhar, “It’s not just bullets and bombs. I have never seen health organisations as worried as they are about disease in Gaza”[銃弾と砲弾だけじゃない。保健機関がガザにおける病気について、これほど心配するのを見たことがない], The Guardian, 29 Dec. 2023
https://www.theguardian.com/commentisfree/2023/dec/29/health-organisations-disease-gaza-population-outbreaks-conflict