toggle
2019-04-17

英米に伝えられた攘夷の日本(6-3-2)

イギリス議会下院で政府が承認したアロー号事件対応とカントン攻撃に対する賛成、反対の議論が続き、グラッドストンが戦争反対の動議に賛成票を投じてほしいと熱弁をふるいます。

院の4日間にわたる議論はA4の印刷ページ数にすると、合計186ページに及びます。上院の動議提出者のダービー卿のスピーチ(6-2-1参照)は3時間だったと報道されていますので(注1)、他の戦争反対論の議員も同様だったと推測できます。議論の4日目、最終日には後に首相になるグラッドストン(William Ewart Gladstone: 1809-1898)がそれまでの議員たちの議論を引用しながら、自分の主張を展開しているので、きちんと聞いていることがわかります。動議に反論する議員の論に特徴的なのは、コブデンが批判したような「野蛮、半野蛮」という差別表現を使い、中国に対して武力で教えるのは正当だという趣旨の偏見に満ちたものが多いことです。

グラッドストンの議論の中で感銘を受けた箇所を抄訳します。グラッドストンはリバプールの裕福な商人の息子として生まれ、この議論の中でも自分は商人の出自だがと断って、議会で商人クラスを代弁するようなことはすべきではないと批判しています。政治の世界に入ったのは1832年で、1843年に保守党政権に入閣しますが、次第にリベラルに変わっていき、1859年に自由党に入党して、1867年に党首となり、翌年、首相となります。グラッドストンは4度首相となり、ヴィクトリア朝時代の中心的政治家とされています(注2)

グラッドストンの議論(注3)

  • 我々に対する中国の[守るべき]条約義務について話してきたが、中国に対する我々の[守るべき]条約義務について忘れてはならない。我々はどんな目的で香港を獲得したのか? この点に関する条項を諸君は見たことがあるか? 諸君が[香港を]手に入れた目的は次のように書かれている。「中国皇帝陛下は大英帝国女王に香港島を割譲する。英国国民が必要な時に船を修理する港があるべきで、この島は必要であり、望ましいことは明らかであるからだ」(グラッドストンが引用した条文:”His Majesty the Emperor of China cedes to the Queen of Great Britain the island of Hong Kong, it being obviously necessary and desirable that British subjects should have some port whereat they might careen and refit their ships when required”)。これが香港割譲の目的だった。もし我々がこの条約の精神に従って行動しなければならないとしたら、条約はこの目的のために適用されるのである。(中略)しかし、諸君の中国に対する条約義務はこれだけではない。もう一つある。追加条約の第12条だ。「公正で正常な関税とその他の税が制定された今、これまでイギリスと中国商人の間で行われてきた密輸システム、その多くの場合、中国税関の役人が黙認したり、共謀していたシステムが完全に止むであろう。この件に関して、全英国人商人に対して絶対的な布告がすでに英国全権大使によって発せられた。全権大使は領事たちにも、彼の監督下で貿易に従事する全英国人の行動を厳しく監視し、注意深く調査するよう指示した」(”A fair and regular tariff of duties and other dues having now been established, it is to be hoped that the system of smuggling which has heretofore been carried on between English and Chinese merchants—in many cases with the open connivance and collusion of the Chinese Custom House officers—will entirely cease; and the most peremptory proclamation to all English merchants had been already issued on this subject by the British Plenipotentiary, who will also instruct the different Consuls to strictly watch over and carefully scrutinize the conduct of all persons being British subjects trading under his superintendence.”)。
  • この条文によって、諸君は出来得る限りの力で密輸を抑えこむという最も厳粛な義務を負うと契約したのである。中国沿岸における諸君の密輸貿易に異常なことがあるだろうか? それは、この地球上で行われているあらゆる密貿易の中で、最悪で、最も有害、破滅的で、破壊的なものである。一部は塩の貿易で、(中略)一部はアヘン貿易だ。諸君はこの貿易を止めようと奮闘したことがあるだろうか? 首相にお尋ねする。今夜この下院でお話しされるはずだが、イギリス政府はこの貿易を止めようと努力したことがあるか?
  • あると言うかもしれない。しかし、この密貿易は手強すぎるとわかったと言うかもしれない。それなら、別の質問をしよう。政府はこの貿易を推進することをしたか? そう、今問題になっていること、そのものを政府はしたのだ。政府はこの船lorchaの船団を生み出したのである。その目的は何だったか? その効果はどんなものだったか? あなたご自身の権限で発した、その言葉を引用しよう。書簡の7ページ目に、これら植民地の船に登録証を交付するのは香港にとって極めて有益だと書かれている。(中略)植民地に有益だ?なぜ有益なのか? それはこの沿岸貿易を増やしたからである。綿やアヘンなどのインドの製品や大英帝国の製品の沿岸貿易を増やしてきたし、いまでも増やしている。この沿岸貿易が主に密輸目的だというのは明らかだ。それは疑いようもない。
  • 残念ながら、中国に送る英国製品の量はいまだに非常に少ない。諸君の中国との貿易の最大、最高価値のものはこのアヘン貿易である。これは密貿易だ。諸君はそれを止めると約束した。条約の条項によって、諸君はできる限りアヘン密貿易を制圧するという契約に縛られている。諸君の船の修理という目的で香港を受け取ったのだ。
  • その代わりに、香港内に6万人の中国人を定住させ、その人々から沿岸貿易船の船団を組織し、維持する方法を見つけたのだ。諸君が条約によって止めることを約束させられている密貿易を拡大するのが彼らの仕事で、彼らは拡大し、今なお拡大を続けている。条約に関する限り、これが現状である。そして、今、諸君が果たさなかった目的のために香港を奪い、香港を別の目的に使い、この密貿易を止める努力を誠実にしなかったというより、完全に失敗し、反対に密貿易は条約以降拡大している。この密貿易拡大を含めた目的のために沿岸貿易を組織して、この沿岸貿易船団を隠蔽するために英国国旗という技術的方法によってクレームをでっち上げることで、諸君はあらゆる不正行為を積み重ねている。そしてこのような事件は我慢すべきではないと我々が聞かされた時、諸君は、我が国の旗の名誉に対する無関心という理由で我々を非難する。これほどの茶番の連続が未だ嘗てあっただろうか?
  • 植民地大臣は中国との間に戦争はないと言った。私は賛成する。中国との間に戦争はないが、それでは何があるのか? 戦争行為がある。流血の惨事がある。強者による弱者の蹂躙がある。強者に対する弱者の恐ろしく忌まわしい報復がある。今、この議会はパンに毒を入れた中国人パン屋のゾッとする悲惨な詳細、英国人の首を捕らえるという宣言や、郵便船を待ち伏せするという話で占められている。諸君はこれらのことが自分たちの立場を強くすると考えている。とんでもない、罪の意識を深めるだけだ。これらは諸君をさらに徹底的に悪い立場に追いやる。
  • 戦争というのはどんなによく解釈しても、人類に対する恐ろしい災難だ。だからこそ、古今の知恵が厳しい法律や取り扱い方で囲い込み、人間の野生の情熱を抑制するために、遵守すべき形式や手続きを必要とするようにしてきた。絶対的必要性と十分な熟慮の状況下以外では、あのような惨害が解き放たれることを防ぐためなのである。
  • 諸君はこれらすべての予防策を無しにしてしまった。諸君は領事を外交家に変えてしまった。そして、その変身した領事が呆れたことに、勝手にイギリスの全軍を無防備な人々に向けさせたのだ。戦争が惨害であり、人間に対する呪いである一方で、ある種の埋め合わせもついてくる。英雄的自己犠牲と、極まりなく大胆な行動が伴ってくる。戦場では同等の人と会い、生か死の問題に挑む一方で、少なくともフェアな対戦に参加するという意識によって戦争は気高いものにされる。しかし、諸君は中国に行って、女性と子どもを目の前にして、この人々に対して戦争を起こすのだ。彼らは抵抗しようとする。彼らは自分たちの部隊を呼び集める。彼らは銃に弾を込める。彼らは戦闘で1人を殺し、もう1人に怪我をさせる。しかし、彼らがこうするうちに、諸君は数千人を虐殺しているだろう。彼らは戦場で諸君と対戦することはできない。諸君には彼らと対等に対戦する場はない。そのような戦争で諸君は栄光など勝ち取ることはできない。イギリス国旗を血で汚す目的でイギリス国旗をあげたのがこの人々なのだ。我々が国家の基準に負っているという忠誠の問題についての大げさな美辞麗句を我々が聞くことになるのは、この人々からではない。これが中国における戦争の実態なのである。そして、諸君の目の前にいる女性や子どもたち、諸君にあからさまな抵抗を示せない人々は、諸君が彼らに戦争を仕掛けたら、彼らはどうするか? 彼らの敵を破壊するために、彼らの弱さが教えた哀れな憎むべき手段に訴えるのである。
  • これは世界史上で初めてのことではない。諸君は奴隷の反乱、奴隷戦争[Servile Wars: 紀元前135-70]と歴史上記録されている、存在の尊厳のために起こった戦争について読んだことはないのか? 記録に残るあらゆる戦争の中で、これは最も恐ろしく、凶暴で破壊的な戦争だと悪名高いのではないか? それはなぜか? 踏みにじられてきた人々は圧政者に対する復讐の感情を満足させることにおいて限度などない。彼らの行き過ぎが理論上はいかに悪でも、彼らを挑発した者には彼らの行き過ぎは苦情の正当な問題にはなり得ない。
  • [中国での]この戦争が起こした残酷性と残虐行為の報告が届くたびに、私が感じる痛みと恥辱の思いは深まるばかりだ。この下院の多数もこの嘆かわしい戦いの原点について、同じく感じると信じている。
  • ハートフォード地区選出議員(議事録に名前が挿入されている:Mr. T. Chamber)が、破壊は限定的なものだと考えると言い、根拠として11月10日付の文書を読み上げた。しかし、今やその文書は時代遅れ、古すぎる(obsolete and superannuated)。もっと新しい情報がある。私の記憶ではコーンウォール地区選出議員(Mr. Kendall)が砲撃は「適度な間隔」でなされたと言ったが、諸君の代理人たち[agents:ボーリング・パークス・シーモアを指す]はもはや自分たちを「適度な間隔」に止めておくことができないようだ。私は1月14日付の手紙を受け取った。ジャーナルに印刷されていないが、この議会が対応すると思う。これは将校の一人が書いたものである。我々の対中国作戦の本当の姿を見せてくれるので、読み上げる。
  • 「月曜夜明けに、一斉射撃隊はエンカウンター号、バラクータ号、ニジェール号、第59連隊、ダッチフォリー(Dutch Folly砦)から命令を受けました。できる限り市の塀まで近づき、シェイメン砦(Shamen Fort)からダッチ・フォリー砦までの郊外全部を焼き尽くせという指令でした。これはうまく達成しました。これほどの多数の場所に砲撃を受けたのですから、9時までには、ものすごい火災になっていました。喜ばしいことに、海軍には負傷者はいませんでした。59連隊は残念ながら、深刻な損失がありました。2人殺され、11人重症、2人軽傷。(中略)それから我々はフォリー砦から市中に向かって『屠殺』(carcasses)と火の玉(fireballs)を開始し、ものすごい火を起こしました。非常に強い風に助けられて、火は一日中燃え盛り、市中で彼らが鎮火できたのはようやく火曜の昼頃でした。被害は甚大だったに違いありません。シェイメン砦からこの砦の400ヤード先まで、フランス砦(French Fort)地域は廃墟の塊です」。
  • 諸君、これが1月14日時点の状態である。状況が許す限り早く、議会の知恵と断固とした態度によって、事態に救済策が講じられることが求められていたが、残念ながら遅すぎたと思う。(中略)我々の代理人たちを支持すべきだと論じられた。(中略)人物[ボーリングら]についてどう対応すべきかに関する限り、それは政府である。我々が今議論している出来事を承認したのは政府だ。しかし、我々が対応するのはそれ以上のこと、危機に瀕している人間性である。(中略)
  • 我々は下院で[戦争]反対の投票をしないよう気をつけろと言われた。反対投票したら中国にどう影響するか考えろと言われた。我が国の貿易に破滅的な結果をもたらすことを考えろと言われた。すでに起こった破滅的な大火災を我々が拡大したいか、人間性の重要性を損ないたいか尋ねられた。我々は人間性の重要性を主張する義務がある。(中略)
  • 中国からの最新の情報は1月中旬のものである。我々はこの問題を3月3日に議論している。この3ヶ月の間に何が起こったか、そして、議会の決断が中国に届くまでに何が起こるか、人間の知恵では計り知れないし、私個人に関して言えば、推測する勇気はない。
  • 我々は中国から何を求めるのか? 彼らが我々に戦争を仕掛けているのではない。もし議会の投票結果が中国に戦争を起こさせるよう誘発するなら、それは別の問題である。そうなれば、善の心と潔白な心で、大英帝国の全力を使うことができるだろう。しかし、中国が我が国に戦争を仕掛けるなど、あり得ない。彼らは攻撃的な作戦に必要な技術も大胆さも示したことはない。諸君、彼らに戦争を仕掛けているのは我々なのだ。何のための戦争か? 我々は中国から何を求めているのか? ジョン・ボーリング卿は我々がカントンに入ることを提案した。しかし、これが戦争の適切な理由だと政府が我々に言ったことは一度たりともない。我々がカントンに入ることが望ましいと考えるとさえ言ったことはない。これが望ましいかどうか私には言えない。しかし、私は中国長官、葉の意見を信頼する。そして、我々のカントンへの入市は、もし認められたとしても、利益ではなく、さらなる被害をもたらすと私は信じる。従って、望ましいどころか被害をもたらすことのために戦争することに、私個人は何の理由も見出せない。
  • 下院はこの動議を否決すると思うが、それは我々の恥辱の証印を発行することになる。一方、逆の場合、下院が動議を採用すると仮定してみると、下院はその後どうするか、この事件の歴史はどうなるか? その歴史はイギリスにとっても、19世紀にとっても、いいものになる。その歴史はこのようなものになる。「イギリスの下士官・役人が地球上の遠隔地で本国の意図を誤解した。彼らは正義の原則に違反して行動した。行政政府は彼らを監督し、止めることを怠った」。
  • 最後に、最後の手段として、イギリスの政策をどんなものにするのか、イギリスの軍事力をどんな目的に使うのかという機能が委ねられているのは、外国にいる下士官や役人でも、行政機関でも、貴族院でもない。その機能はこの壁の内側にある。下院(庶民院)の議員誰もが誇りを持って自覚しているのは、自分たちが集団としての資格で国家の最高権力である集会に属しているということである。もし、それが国家の最高権力であるなら、最高責任と切り離すことはできない。(中略)この悪を監督せず、正さないままにしておくかどうかを決めるのは我々の責任である。この問題についての思いがこれほど分かれている時に、今中国で行われている悲惨、犯罪、残虐行為に賛成しないとするか否かが、諸君の1票にかかっていることを思い起こし、良心をもって投票すると信じている。イギリスはまだコミットしていない。しかし、もし反対の投票結果が出れば、有害な分断が、我が高潔な友の動議を否決したら、イギリスは明朝にはコミットしていることになるだろう。だから、諸君に、我々に、我々一人一人に、この下院、世界で最初の、最も古い、そして最も高潔な自由の殿堂である下院が、永遠の正義の殿堂であり、それなしには自由は人類にとって名目に過ぎないか、または呪いになるかを示してほしい。

  グラッドストンが、アロー号事件はイギリスによるアヘン密輸を拡大するために政府がでっち上げた事件で、アヘン密輸は拡大を続ける一方だと激しく非難しているので、アヘン密輸が本当に拡大しているか調べてみました。2012年の研究書(注4)によると、確かに第一次アヘン戦争以降、10年間で3倍、アロー号事件以降、更に増え続け、1900年までの最高は1879-80年の105,508チェスト(1チェスト=63.5kg,(注5))です。

印刷ページを開く

1 The New York Daily Times, March 13, 1857, p.2.
https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1857/03/13/issue.html
2 ”William Ewart Gladstone (1809-1898)”, BBC
http://www.bbc.co.uk/history/historic_figures/gladstone_william_ewart.shtml
3 「決議の動議。討議再開(4晩目)」庶民院、1857年3月3日、イギリス議会アーカイブ
”Resolution Moved, Resumed Debate (Fourth Night)”, House of Commons, 03 March 1857,
https://api.parliament.uk/historic-hansard/commons/1857/mar/03/resolution-moved-resumed-debate-fourth#S3V0144P0_18570303_HOC_28
4 Nick Robins, The Corporation That Changed the World: How the East India Company Shaped the Modern Multinational, Pluto Press, 2012.この本の1章”The Toxic Exchange”のp.157に表が挿入されています。この章は以下から無料アクセス可能です。
https://www.jstor.org/stable/j.ctt183pcr6.15?seq=1#metadata_info_tab_contents
5 チェストの換算は国連薬物犯罪事務所刊のWorld Drug Report 2008の第2章, “A Century of International drug control”の2.1 “Origins: The development of the opium problem in China”のp.174に換算が表示されています。この本は国連薬物犯罪事務所のホームページからアクセスできます。
World Drug Report 2008, United Nations Office on Drugs and Crime
https://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/WDR-2008.html