「パナイ号事件」報道3日目の『ニューヨーク・タイムズ』には南京の「30万人の市民に凄まじい数の死傷者の恐れ」という記事と共に、日本は中国を徹底的に攻撃すると読み取れる近衛首相の声明が報道されています。
武者修行 「かわいそうな奴め!お前のひどい奴隷状態の束縛を一つ一つ切ってやるからな」
カートゥーン作者:レオナルド・レイヴン・ヒル(Leonard Raven Hill: 1867-1942)
カートゥーンの説明:「侍姿の日本が木に繋がれて泣いている龍の姿の中国を外国[欧米]の束縛から切り離そうとしている」(Japan as a Samurai cutting the Foreign Ties from China as a crying dragon tied to a tree)
出典:『パンチ』, 1935年2月6日
著作権:『パンチ』のカートゥーンの著作権を所有しているTopfoto(www.topfoto.co.uk)から当サイト用のライセンスを得て掲載しています。
『ニューヨーク・タイムズ』のパナイ号事件報道3日目:1937年12月15日 (注1)
パナイ号事件については、1938年1月まで連日報道が続きますが、重要だと思う記事と社説に絞って訳します。そのほか、日中戦争に関する記事を含め、主要な記事の見出しに掲載面をページ数(p.〜)として付して紹介します。
ヨーロッパの威信がこれほど打撃を受けたことはない
- 「英国は共同行動の希望を捨てた—極東における一致行動の訴えに合衆国は耳を傾けない— しかしロンドンは東京への強硬な抗議文以上のことはしないと予想される」:フェルディナンド・クーン・Jr.特派員、ロンドン発、12月14日(p.1)
英国が単独で極東でリスクを取りたくないことと、合衆国が他国と一緒の一致行動に引き込まれることを明らかに拒否したことで、日本に対する英米共同対策のかすかな可能性は今夜完全に消えた。(中略)ここ[ロンドン]で今日政権内で、英国は日本軍のリーダーたちに自分たちがしたことを後悔させる「ことは何でも合衆国と一緒」(原文強調)[にすべき]と主張されていたにもかかわらず、イーデン氏[外務大臣Anthony Eden: 1897-1977]はルーズベルト大統領がしたことさえもしないようだ。ジョージ国王から裕仁天皇宛に[抗議文を]送ることだ。(中略)日本の中国における宣戦布告なき戦争(訳者強調)は英国の商業と金融の権益に莫大な損失を被らせ、この国にとって大災害になった。これらの物質的損失に加えて、体面を失ったことも付け加えなければならない。それは英国軍艦が砲爆されただけでなく、上海の国際居留地で英国ビジネスマンが日本人征服者に「いじめられる」(原文強調)ことが絶えずあるからだ。1世紀以上も前に西洋が中国に本格的な勢力浸透を始めて以来、東洋人の目にヨーロッパの威信がこれほど打撃を受けたことはない(訳者強調)。
それでも英国だけで権益を守るために立ち上がることはできない。ドイツとイタリアがヨーロッパで攻撃してくるかもしれないという恐怖がつきまとっているからだ。ドイツの今日の日本に対する「抗議」(原文強調)声明は英国政府を感動させなかった。英国が東洋に完全に巻き込まれるやいなや、ドイツが躊躇なく襲いかかってくると感じているからだ。
このような状況で英国が他の列強を引きずり込もうとするのは自然なことだろう。英国の肩の荷を少し減らせるからだ。しかし、これにも失敗したようだ。そこで、過去2,3ヶ月間に日本に対しては完全に役に立たないとわかった道徳的ジェスチャーや言葉による非難に戻るしかなかった。そして英国の世論は断固として戦争反対(訳者強調)だから、効果があろうとなかろうと、道徳的ジェスチャーに満足しているようだ。
日本外務省が言うことと日本軍が行うことは全く別だ
- 「抗議は厳しい—新たな攻撃に対する本当の保証と完全な賠償を要求—日本は懸念を認める—広田は補償を確約して、友好関係に傷がつかないことを望む」:ワシントン発、12月14日(pp.1, 16)
日本は中国における冒険的事業が合衆国との関係を深刻に損なうかもしれないという懸念を初めて認めた。広田氏はグルー氏宛の文書を以下のように締めくくっている。「日本政府はこの不幸な出来事によって日米関係が影響を受けないことを切に願っていると、合衆国政府にお伝えいただくよう乞い願います」。(中略)
ハル氏は文書で、[過去にも]何度も事件が起き、日本は繰り返さないと保証してきたと主張したが、パナイ号の場合は「日本軍部隊の行為はアメリカの権利を完全に無視して行われ、アメリカ人の命を奪い、アメリカの公私の資産を破壊した」と強調した。日本外務省が言うことと、中国における日本陸軍と海軍が行うことは全く別だと国務省が信ずるに至ったことは明白だ(訳者強調)。したがって問題は外務省が日本に関して本当の発言力があるかどうかである。これはルーズベルト大統領の裕仁天皇宛の抗議を説明している。
- 「合衆国政府がアメリカ戦艦と商船への砲撃に関して日本に正式に抗議した文章の全文」:AP通信、ワシントン発、12月14日(p.16)
南京の沈黙は上海を恐怖させた
- 「南京の沈黙は上海を恐怖させた—30万人の市民に凄まじい数の死傷者の恐れ—ニュースはないと日本側—首都にアメリカ人18人—蒋介石は市を失ったから中国の戦う決意は強まったと言う」:上海発、12月15日(p.16)
南京が完全に占領されて2日近く経ったのに、南京の状況について日本陸軍、大使館、海軍のスポークスマンは不可解にも全く情報がないと言う。昨日唯一提供された情報は、南京市の大半は今でも炎上中だが、戦闘は止んだと飛行士が報告したことだ。南京に残っている外国人の運命、大使館の状態、市民の虐殺の可能性、捕虜の数、建物資産の損害について、スポークスマンは何も情報を発表することができないと言った。
占領された都市からの消息がないことの説明を求められて、上海—南京地域の司令官、松井石根[いわね:1878-1948]大将の本部が上海から長距離移動させられて伝達が遅いのだとスポークスマンは言った。日本の軍艦数隻が月曜[13日]夜には南京に着いていると追求されると、海軍のスポークスマンはここ[上海]の旗艦出雲には無線報告が何も入っていないと言い張った。
日本の大勝利に関する詳細な情報の封鎖は信じられない。南京に残っている30万人の市民が包囲戦の間に恐ろしい大惨事にあったのではないかという不安が上海で高まっている。
日本軍が米英の砲艦撤退を提案
- 「ヤーネル大将は揚子江解決として日本が提案した砲艦の撤退を禁じた」:上海発、12月14日(p.16)
日本海軍当局者は今日午後、合衆国海軍と英国海軍の中国司令官に非公式提案を発表した。「揚子江沿岸での戦闘の拡大の可能性があるので」(原文強調)これ以上の悲劇的事件を避ける最も現実的な方法は、米英の船すべてを危険地帯から移動させることだ。
合衆国海軍戦艦は揚子江から撤退しない。日本海軍当局はこのような撤退の要求をしていないし、もししたとしても、応じない。これが合衆国アジア艦隊総司令官のハリー・E.ヤーネル大将が今夜旗艦オーガスタ号から発した声明の要旨である。
合衆国砲艦オアフ号はパナイ号の負傷者と生存者を乗せて上海に来ると説明された。その後オアフ号は川の上流の任地に戻る。(中略)英国砲艦レディーバード号も上海に向かっており、多分負傷者を乗せて金曜日[17日]に到着すると理解されている。
- 「ローマは爆撃を最小化—イタリア人の死傷者が出たにもかかわらず、パナイ号攻撃を『事故』とした」:AP通信、ローマ発、12月14日(p.16)
パナイ号で[南京から]避難していたイタリア人ジャーナリストが死亡、ほか2人のイタリア人が負傷したが、イタリア・メディアはこの事件を「事故」として扱った。
- 「フランスは合衆国の行動が厳しいことを期待—繰り返される事件と謝罪に極東における白人国家の威信への脅威を見る」:パリ、12月14日(p.16)
フランスの政府筋が今日明らかにしたのは、合衆国と英国が国際法順守を維持するためにいかなる行動を取ろうとフランスは支持するが、フランスがいかなる行動もイニシアチブを取ることがないのは当然予想される。ここでもロンドンでも最初の動きはワシントンからだと感じられている。日本がこれまでに提供した口実が十分だと考えられるべきでないとも感じられている。
事件の数々とそれらの事件を隠蔽する東洋の口実(Oriental excuses)の態度は極度に危険だとフランスは見ている。まず第一にアジアとアフリカにおける白人の威信(white prestige)に対する危険、第二に至るところでの国際法無視に対する危険である。(中略)
雑誌Journal des Débatsは「極東の戦争を性格づけている一連の行為が続けば、ヨーロッパの国々同様、すでに減少しているアメリカの威信は太平洋で完全に破壊されるだろう」と述べている。
- 「パナマのボイコットは日本からの輸入を月$100,000に減少」:パナマ発、12月14日(p.16)
パナマのアメリカ人は日本製品のボイコットを呼びかけ、商工省によると、8,9,10月の日本からの輸入額は月平均$100,000以上減少した。この期間は通常、冬の旅行準備とクリスマス用貿易で最高の期間だ。商工省は同じ時期の合衆国からの輸入が月$120,000増加したと指摘した。
近衛首相による傀儡政府設立と徹底攻撃の予告
- ●「日本は即座に合衆国に謝罪—正式の要求を受け取る前に行動—同様の文書が後に英国に与えられた」:ヒュー・バイアス、東京発、12月15日(p.17)
合衆国大使ジョセフ・C・グルーは昨夜外務省に合衆国砲艦パナイ号沈没に対する謝罪、補償、責任者の処罰、そしてアメリカ人とアメリカの権益に対する攻撃が繰り返されない保証を要求した。しかし、日本政府は正式の要求を待たずに(訳者強調)、昨日の午後、合衆国大使館に謝罪、完全補償の保証、責任将校を罰すること、このような事件を繰り返さないよう厳命を発したことを表明する覚書を提出した。(中略)
日本の正式な報告書によると、日本の砲兵中隊が最初に[イギリスの]タグボート、次に砲艦レディーバード号、ビー号を砲撃した。英国将校たちが上陸した時、砲兵中隊の司令官・橋本大佐は間違いだったと認めた。同日に[イギリスの]砲艦スカラブ号とクリケット号が南京沖で空爆された。日本の公式報告書では、なぜ日本の飛行機と砲兵中隊が外国の船を攻撃したのか説明していない。
日本の首相、近衛文麿卿公が昨日、新聞声明を出した。日本は中国で改造に取りかかる、南京政府が日本の軍事力を誤算して反日政策を始めたことは自らの滅亡を招いたと述べた。(中略)「中国国民政府は権力のない影になったので、新政権が起こり、日本はその政権と協力するだろう(訳者強調)。(中略)現在の紛争は極東にとって悲劇であり、再発を避けるために日本は怯まず徹底的な方法を取る(訳者強調)」と述べた。首相は、もし中国が無駄な抵抗をやめたら、欧米列強は日本の地位が極東における安定様相だと認めるだろうという自信があると宣言した。
東京中で南京の正式占領を祝う祝賀パレードが推定100万人、ほとんどが小学生によって行われた。
日本国民の謝罪
- 「東京の通りで謝罪」:AP通信、東京発、12月15日(p.17)
日本の市民は通りでアメリカ人を呼び止めたり、アメリカの会社に行って、日曜日のアメリカ船への攻撃について個人的な悲しみの思いを伝えた。大本営は声明を出し、日本の飛行士は船には「旗は掲げられていなかった」、「明らかに中国人と見られる多くの兵士が乗船していたのが見えた」述べたと主張している。
- ●「ライヒ[ナチス]は攻撃に『抗議』(原文強調)」:ベルリン発、12月14日(p.18)
ドイツは今日、イギリス蒸気船ワンプ(Wangpu)号を飛行機で攻撃した日本に正式に「抗議」表明をした。この船には南京のドイツ大使館員数名が乗船していた。
日本の本当の利益は中国との名誉ある条件での早期の和平
- 社説「アメリカの抗議」(p.24)
揚子江でアメリカの船が商業に携わるのは議論の余地のない権利で、アメリカ政府が1世紀以上にわたって採ってきた伝統的な政策は、アメリカ商船が特別な危険が出没する地域で完全に平和的な商業を営んでいる時に保護することである。トーマス・ジェファーソン[Thomas Jefferson:1743-1826,第3代大統領]がアメリカ商船をバーバーリー海賊から守るためにデール提督をフリゲート艦2隻とスクーナー船1隻と共に地中海に送った頃、若いアメリカ共和国はまだ20歳にもなっていなかった。その時以来、アメリカ政府の政策はアメリカ船が外国の海で「合法的で適切な商業」を行うことができる権利を守ることだった。この立場を取らない政府は臆病であり、近視眼的だ。
現在の事件で、日本からの文書はアメリカ人の人命と資産の破壊に対する遺憾の意をすぐに表明し、全ての損失に対する賠償を確約し、将来「同様の事件が繰り返されないよう現場当局に」(原文強調)厳命を送ったと宣言している。しかし、日本が武力で中国を占領している限り、東京の政府がこの約束を実行する能力があるか重大な疑問がある。過去3ヶ月、何度も日本政府は明白な保証をしてきたが、その後の出来事で失敗に終わっている。確かに、日本軍に対する中国の抵抗の主力は破れた。しかし、ゲリラ戦の見込みはまだ残っている。そして、中国における多数の外国人と、揚子江の広いハイウェイを利用する外国交通網の多さ、外国の商業・金融の利害の程度の巨大さなどを考慮すると、最高に統制のとれた軍でさえも、他の列強の権利を侵害するような事件を避けることは極めて難しいだろう。イタリアがエチオピアの不毛の丘を占領するのと、日本が世界で最も人口の多い川の流域の占領を完成するのは全く別物である。
東京の政府の中で先見の明のある人々は、これからの月々が巻き込み「事件」(原文強調)の連鎖をもたらし、それに伴って他国の憤りと恨みが徐々に高まる可能性を深く憂慮しているに違いない。このような「事件」(原文強調)が累積した影響が極端に危険だと経験が示している。この他の理由からではないとしても、日本の本当の利益は中国との名誉ある条件での早期の和平だろう。
注
注1 | The New York Times, December 15, 1937. https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/15/issue.htmlhttps://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/15/issue.html |
---|