パナイ号事件に関するアメリカ政府の厳しい抗議文は日本で報道されませんでした。上海の日本軍報道官は南京はまだ陥落していないと報告し、アメリカでは「南京地獄の4日間」という記事も報道されているのに、日本では「南京陥落祝賀パレード」に沸いています。
『ニューヨーク・タイムズ』のパナイ号事件報道4日目:1937年12月16日 (注1)
- 「日本の飛行部隊長、揚子江爆撃で失脚させられた—東京は合衆国に新たな[謝罪]文書を送る—パナイ号生存者が事件を語ったのでワシントンはより厳しい見解—ルーズベルトとハルは爆撃の正式報告書の内容次第で更なる行動を取る用意がある—合衆国と英国が協力」:ワシントン発、12月15日(p.1)
- 「生存者は日本の「誤爆」(原文強調)を否定—爆撃機は低空飛行だったのでパナイ号の国籍を間違えようがないと記者—別の生存者が同意—悲惨な逃亡の詳細」:AP通信、上海発、12月15日(p.1)
- 「海軍将官が処罰される—裕仁天皇が海軍大臣を呼ぶ—国は混乱—我が国の態度が調査される—英米統一行動の可能性低いというレポートに東京は希望を抱く」:ハレット・アベンド、上海発、12月16日(p.1)
ここ上海で正午に発表されたのは、中国における日本海軍飛行隊長の三竝[みつなみ貞三]少将がここでのポストから外されて、即刻日本へ帰国することだ。少将の地位から降下されるわけではないが、帰国後更なる処罰が待っているという。この行動は将来の飛行戦力全体への緊縮政策の前兆であり、これは飛行士自身の処罰のみよりワシントンとその他の外国政府にはずっと満足いくと信じられている。
東京からのAP通信によると、同時に天皇裕仁が海軍大臣・米内光政大将を接見した。ルーズベルト大統領が彼の深い憂慮を日本の天皇に伝えるよう要請したパナイ号攻撃に関する接見だったのかについて、海軍当局はコメントを控えた。
「処罰は秘密」
7月からの戦闘勃発以来、日本の飛行士で無謀な飛行の罪に問われている者たちが処罰されたかについて、日本海軍スポークスマンは飛行士の氏名と処罰の性質や程度については海軍と陸軍の機密事項であり、明かすことはできないと言った。「しかし、何人かは処罰され、何人かは懲戒として帰国させられたことは保証します」と主張した。
日本の新聞はパナイ号事件で合衆国は極東から手を引くと希望的観測
- 「第二の[謝罪]文案」:ヒュー・バイアス、東京発、12月16日(pp.1, 16)
[日本の]新聞にニューヨークとロンドンからの長く深刻な報道が出たことが唯一の展開だ。この事件が広田弘毅外務大臣の素早い謝罪文で簡単に解決できると日本社会が思っていたようなものではないとわかり始めた。(中略)何週間も日本の新聞はほとんど毎日のように、アメリカの世論が英国との協力にはっきり反対していること、それが日本に深刻な懸念を起こす唯一の不測の事態だと報道している。
- 「英国は東京に本当の善後策を要求—英国は東京に外国船攻撃を停止する方法は効果がなかったと指摘—ビジネスに災難—日本が罰せられなければ極東における英国の権益を破壊するという感じ方が高まる」:フェルディナンド・クーン・Jr.、ロンドン発、12月15日(p.1)
日本の新聞はパナイ号事件で合衆国は極東から手を引くと希望的観測
- 「第二の[謝罪]文案」:ヒュー・バイアス、東京発、12月16日(pp.1, 16)
[日本の]新聞にニューヨークとロンドンからの長く深刻な報道が出たことが唯一の展開だ。この事件が広田弘毅外務大臣の素早い謝罪文で簡単に解決できると日本社会が思っていたようなものではないとわかり始めた。(中略)何週間も日本の新聞はほとんど毎日のように、アメリカの世論が英国との協力にはっきり反対していること、それが日本に深刻な懸念を起こす唯一の不測の事態だと報道している。
- 「英国は東京に本当の善後策を要求—英国は東京に外国船攻撃を停止する方法は効果がなかったと指摘—ビジネスに災難—日本が罰せられなければ極東における英国の権益を破壊するという感じ方が高まる」:フェルディナンド・クーン・Jr.、ロンドン発、12月15日(p.1)
南京への勝利行進
- 「南京への勝利行進—明日午後、松井と長谷川が正式入市の指揮—外国人全員無事」:上海発、12月16日(p.15)
ここで今日発表されたのは、陸軍の上海-南京方面[中支那方面軍]司令長官・松井石根(いわね:1878-1948)大将と第三艦隊司令長官・長谷川清中将に率いられた日本軍が明日午後1:30に南京に劇的な正式入市を行うことだ。ここの日本高官全員がこれ以外、南京の状態や出来事について知らないと明言した。唯一の例外は、南京のアメリカ大使館の建物と敷地は無事だという特別報告だが、これは合衆国の友情を求め、パナイ号爆撃の影響を消し去ろうという切望を示している。
しかし、昨夜日本のスポークスマンが、月曜[12月13日]の公式発表で南京市の占領は日没に完結したというのは事実からほど遠いと暴露した。「中国兵はまだ南京にいて、小規模な戦闘は続いている」とスポークスマンは述べた。上海の日本大使館に届いた公式報告によると、南京に残っている27人の外国人、アメリカ人18人、ドイツ人6人、ロシア人2人、英国人1人は無傷だという。
- 「日本がパナイ号のレプリカ建造を呼びかける」:東京発、12月15日(p.15)
南京:地獄の4日間
- 「南京『地獄の4日間』」:ロンドン発、12月15日(p.15)
A.T.スティールが南京近くの合衆国砲艦オアフ号から『デイリー・メール』に電報で、南京包囲と占領を表現するのは「地獄の4日間」がふさわしいと述べた。彼が南京を脱出する前に見たのは、川岸の塀の前で中国人300人が処刑され、死骸が膝の高さまで積み重なっていた光景だ。
日中戦争拡大
- 「新たに広大な地域が侵略されると中国は恐れている—漢口・広東・杭州・汕頭がすぐに攻撃されると予想—山東も危険—飛行隊が香港に近付いていると報告—爆撃機が近くを空爆」:ハレット・アベンド、上海発、12月16日(p.16)
- 「日本がいかに中国に食い込んでいるか」[日本軍が進出している地域の地図掲載] (p.16)
- 「北平は新政府を歓呼で迎える」:AP通信、北平発、12月15日
今日、旗で飾られた北平の通りを行進したのは、日本軍の南京征服の後に公表された新中国政府の形成を祝うパレードだ。日本の日の丸の旗が、南京の蒋介石によって設立されたレジーム、旧中国共和国の5条旗に混ざっている。
3万人の学生が前帝国宮殿の入り口に集まった。黄色い衣姿のモンゴルの僧侶たちが乗った50頭のラクダ・キャラバンが祝賀に色を添えた。数百人の日本の子どもたちがバスで北平のツアーをし、数千人の中国の小学生が凍った道を行進した。祝賀の後、多くの旗がひきちぎられて通りのドブに捨てられていた(訳者強調)。
日本で報道されない事実
- 「新たな修正を考慮中」:AP通信、東京発、12月16日(p.16)
日本政府高官の一人が「我々は昨日のアメリカの文書を検討中で、できる限りの修正をするつもりだ」と宣言した。アメリカの厳しい文書に直面して、この高官は、必要なら昨日の謝罪と補償と保証措置の誓約以上のものに応じる用意があると述べた。
アメリカからの文書はここでは報道されなかったので、国民は新聞によって日曜の攻撃に関する米日関係は改善しつつあると信じ込まされている。しかし、この攻撃の影響として、日本人の中には個人で、あるいは集団で、悲しみと遺憾の意を示す例が現れている。二人の兄弟、Mitsuo Yamada (15歳)とHideo Yamada (11歳)が昨夜外務省に来て7円(2.03ドル)を「パナイ号の犠牲者に」と寄付した。女子高校生のグループが白百合高校の500人を代表して海軍省に「パナイ号の不運なアメリカ人乗船者の救援のために」と寄付した。
現在の日本政府には無責任な軍国主義者たちにブレーキをかける能力はない
- 「『イーデン』新聞が極東で我々の援助を依頼–『ヨークシャー・ポスト』が日本の『海賊行為』(原文強調)を終わらせるために共同行動を提案」:ロンドン発、12月15日(p.19)
外務大臣アンソニー・イーデンと非常に近いと思われているため、ロンドンの外交界では「イーデンの新聞」と呼ばれている権力ある保守系新聞『ヨークシャー・ポスト』が今日、極東において英米共同行動を英国は今でも望んでいると示唆した。社説で極東に関係する合衆国とその他の国々で共同海軍巡視行動を提案した。『ヨークシャー・ポスト』によると、中国の揚子江上で最近起こったことは「堪え難い暴虐と侮辱の連続」(原文強調)だ。(中略)「アメリカ船に対する実際の攻撃の極度の深刻さを考慮すれば、ルーズベルト大統領がすぐに行動することを考えるべきなのは明瞭だ。しかし、東京[政府]が政治的に無責任な軍国主義者たちの行動にブレーキをかける意志がないのではなく、現在ブレーキをかける能力に欠けているというのが共通認識であれば、中国に権益を持つ国すべてで一致協力した抗議によって、日本が失った正気の意見に支配力を取り戻させる動きこそが必要だ」(訳者強調)。同じ論調の社説が今日も『ヨークシャー・ポスト』に掲載された。「単独の抗議は役に立たない、日本に影響を与えられるのは、できる限り多くの国が勢ぞろいした一致協力した抗議だけだ」と提案した。
- 「死者が3人に—パナイ号と石油船への攻撃で14人負傷、4人重体」:ワシントン発、12月15日(氏名掲載、p.20)
パナイ号事件に刺激されて宣戦布告の権限について議論
- 社説「ラドロー決議案」(p.26)
中国からのニュースに刺激されてだろう、ラドロー決議案が早期に下院に提出される。これは憲法に新たな修正を追加する提案で、「合衆国[本土]かその領土への侵略と住民への攻撃を除いて」、議会が宣戦布告する権限は、全国規模の国民投票で多数が確認するまで施行されないというものだ。(中略)この決議案を支持する人々は、アメリカ国民は国家が直面する問題のうち、最も危機的な問題を決定する権限を持つべきだと主張する。(中略)
注意すべきことはラドロー決議案の条件では、アメリカ海軍全体が外国の海で[攻撃されて]沈没するかもしれないが、そうなっても政府には自衛のために国民を動員するための宣戦布告することは不可能だ。この問題について議会が国民投票の準備をし、投票が開票されるまで政府は何もできない。これだけではない:このような国民投票をすること自体が極度に不運な結果をもたらすかもしれない。(中略)
代議政治のシステムのもとでは、平和か戦争かの問題に関する議会の投票自体が本質的に国民投票だ。なぜなら、これほどの重大な問題に関して議会のほとんどの議員は自分たちの選挙区の思いを反映すると信頼できるからだ。これ以上のことをして、大きな危機に際して国家の自衛力を麻痺させるかもしれない法案を提案することは危険に満ちた行動を提案することだ。
- 「パナイ号爆撃についてより深刻な見解」:ハル長官は記者会見で「平和を推進し、この国を戦争させない見地から、この[ラドロー]提案には賢明さも実行可能性も私には見つけることができない」と述べた。(p.19)
もう一つの満州国
- 社説「もう一つの満州国」(p.26)
火曜日[12月14日]に北平、北京に改名された首都で「全中国の暫定政府」と布告されたのは、明らかに形成過程にある日本の傀儡レジーム(訳者強調)だ。現在組織されているものは、地域的で一時的なものでしかないだろう。(中略)この新政府立ち上げを急いだ顕著な兆候がある。大統領または行政長官は指名されていない。財務・産業・農業・鉄道・通信の省はない。行政・立法・司法の評議会そのものは日本軍の支配のための見かけ上のものに過ぎない。このような即席の北京レジームが示すのは、合衆国軍艦パナイ号の沈没に関する世界の意見に対する悪影響から日本の注意をそらすために急いで立ち上げたのだ(訳者強調)。
「暫定政府」の布告は北中国の日本外交官と軍当局の最高の地位の人々のいる前で読み上げられた。それは「以前南京に存した政府と国民党に強く反対し、共産主義の完全な撲滅、日本と満州国との心からの協力」を約束した。この布告は明らかに日本によって書かれた(中略)。新北京高官の声明には中国大衆の熱狂を掻き立てるものは何もない。
明らかに日本軍当局は少なくとも当面は結論として蒋介石に講和を求めさせる望みはなく、戦闘は長引くと述べた。
訳者解説:第一面のハレット・アベンド特派員の記事で、処罰されたのは三竝[みつなみ]少将としましたが、原文では”Mitsuzawa“となっています。『日中全面戦争と海軍—パナイ号事件の真相』(1997)によると、処罰したとアメリカ側に伝えられた5名のうち、”Mitsu”で始まる氏名の人物は第二連合航空隊司令官の三竝貞三少将だけなので((注2), p.219)、漢字名の読み間違えかと思います。また、後の記事ではMitsunamiと訂正されていますが、貞三はKeizoのままです。
注
注1 | The New York Times, December 16, 1937. https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1937/12/16/issue.html |
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注2 | 笠原十九司『日中全面戦争と海軍—パナイ号事件の真相—』青木書店、1997. |